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ヒトが重力に対して楽な姿勢を維持するしくみ

テレワークの普及が進み、猫背や肩こり・首こりなど、姿勢に関するお悩みをお持ちの方も多いのではないでしょうか。今回は、私たちヒトの姿勢の仕組みや身体にかかる負担について、人類進化生体力学の専門家である荻原直道先生にお話を伺いました。私たちの猫背や肩こり・首こりといった姿勢の悩みには、実は重力が大きく関係しているようなのです…!

教えてくれた人:
荻原直道 先生
(おぎはらなおみち)

東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授

「避けることができない重力の影響」

今回のテーマについてお話しするには、まずヒトの成り立ちについて理解してもらう必要があります。
約46億年前に誕生した地球に、最も原始的な生物が誕生したのが約38億年前のことです。その後多細胞生物が誕生し、植物・動物は陸に上がり、生物は多様に進化しました。
その中から哺乳類、さらにはサルの仲間(霊長類)が誕生し、その中の一員として、常習的に二足で歩く霊長類、すなわちヒトが誕生した、というわけです。

こうして地球上に誕生し、そこで生活する以上、好むと好まざるとにかかわらず、私たちの身体には常に重力が作用しています。
普段の生活において私たちが重力を意識することはほとんどありませんが、実際にはかなり大きな力が作用しています。自分の体重と同じ重さの荷物を運ぶことを考えると、私たちの身体に作用する重力が極めて大きいことに気づかされます。

また、宇宙飛行士が長い間宇宙空間に滞在すると、宇宙空間では重力が身体に作用しないため骨や筋が衰えてしまい、地球に帰ってきてから長期のリハビリテーションに取り組まなくてはならないことからも、地球上で身体に作用する重力がいかに大きいかが想像できますね。

それでは、地球上で進化してきた私たち人類は、身体に作用する巨大な重力に、どのように適応しているのでしょうか?
進化は、環境への適応の結果、生物が世代を経るにつれて変化していく現象です。ヒトにおいてもそれは例外ではありません。私たちの身体は、進化の長い道のりの中で、重力環境への適応を積み重ねながら形作られてきました。
地球上に暮らす以上は逃れることのできない重力環境への適応という観点から、ヒトの身体構造の進化、そして姿勢を維持するための仕組みと負担について、詳しく解説していきましょう。

「直立姿勢は本来“楽”な姿勢?」

ヒトは、二足で立ち、歩く能力を獲得したことで、前足(=腕)を体重支持から解放し、その後の進化の過程で、道具を作ったり使ったりできる器用な手、さらには、四足姿勢では支えることが相対的に難しい、大きな頭部(脳)を獲得することが可能になりました。つまり、ヒトを、他の生物、特に他の霊長類と分け隔てる最も根源的な特徴は、直立姿勢、および直立二足歩行の獲得にあるのです。
しかし、力学的には本来不安定な直立二足姿勢を、なぜヒトは獲得することができたのでしょうか?

図1と2はヒトと、ヒトに最も生物学的に近いチンパンジーの骨格の比較です。比べてみると、私たちヒトの頭部および脊柱(背骨)の形態は、直立姿勢に適応して極めて特殊化していることに気づかされます。

図1
ヒトとチンパンジーの頭部形態の比較。矢印は脊柱が伸びる方向を表す。
図2
ヒトとチンパンジーの脊柱形態の比較(a)。ヒトの脊柱(b)は、7個の頚椎、12個の胸椎、5個の腰椎から構成され、S字状に弯曲している。

まず、動物の頭蓋骨には、大後頭孔と呼ばれる大きな穴が存在し、脳からつづく脊髄(中枢神経の束)がここから頭蓋骨を出て、脊柱の中を通って背中の下まで通り、身体各部の筋、感覚器官や皮膚と連絡します。二足で立ち・歩くヒトの場合、背骨は頭部の真下に垂直に伸びているので、この大後頭孔という穴は頭蓋骨の底面の比較的中心に位置しています。それに対して、チンパンジーやニホンザルなど四足姿勢の動物は、背骨が頭部から相対的に水平に伸びるため、この穴は相対的に後ろの方についていることがわかります(図1)。

また、ヒトとチンパンジーの背骨の形を横から見ると、チンパンジーなどヒト以外の霊長類では背骨全体として相対的に後弯(後方に凸のカーブ)するためC字状になっているのに対して、ヒトでは仙骨から緩やかに前弯(前方に凸のカーブ)した腰椎、後弯した胸椎、前弯した頚椎が連なり、S字状に弯曲していることがわかります(図2)。その結果、頚椎の上に乗る頭部の重心、および体幹の重心が、ほぼ股関節の真上に位置しています。さらに、膝関節・足関節・足部もほぼ股関節からの垂線上に位置しているのです。
このように下腿部・大腿部・体幹・頭部が足部の上に同一直線上に存在していれば、理論的には筋力を働かせることなく、その姿勢を保持できることになります。もちろん、厳密には各関節の位置は重心投影線上より若干前方、もしくは後方に位置しており、また構造的に不安定でもあるため、静止立位姿勢を保持するには筋力を働かせる必要があるのですが、このような立位姿勢のアラインメント(位置関係)によって、その筋力はかなり小さくすむことになります。実際に、立って静止している時の消費エネルギーは、横になっている時のエネルギー消費と比較するとわずか7%増にしかならないことからも、ヒトの直立姿勢は、本来負担の小さい楽な姿勢であることがわかります。

「安定だけど不安定??重力によって首にかかっている負担の大きさは?」

以上のように、基本的にはヒトの身体は直立二足姿勢に適応していて、本来は極めて小さな負担で静止立位を保つことが可能です。
しかし、当然ですが現代社会に生きる私たちは、「立って歩いている時間」よりも、圧倒的に「座って作業している時間」が長いです。また最近は電車やバスでの移動中もスマホ等を操作している方がほとんどだと思います。こうした状況が、身体にそれなりの負担をもたらしていることになります。

ヒトの頭部は、静止立位において、頚椎の真上に乗っかり、頭の重心が首の関節点の真上に基本的には位置しています。(図3a)。この状態は、支点よりも重心が高い位置にある振り子と同じ状態です。これは本質的には不安定な状態なので、ちょっとした力が作用すると頭は倒れてしまいます。これを安定させるためには、主に首の後ろの筋肉(頭と背骨をつなぐ筋肉)によって頭部を後方に引っ張り、前方に倒れないようにする必要があります。もし、首の関節点の真上に頭部の重心が存在する安定した状態にあるのであれば、理論的には筋力を発揮する必要はありません。
しかし、ノートパソコンやスマホ画面のように視線を下に向ける必要がある場合は、頭部を前傾させる必要があります(図3b)。この状態では、頭部の重心に作用する重力が首の関節点から離れたところを通るため、頭部を時計回りに回転させる力(力のモーメント)が生じてしまいます。

図3
頭部に作用する力。黒矢印は重力を表す。通常、頭の重心が首の関節点の真上に位置している(a)が、頭部が前傾すると、頭部に作用する重力が首の関節点から離れたところを通り、頭部を時計回りに回転させる力(力のモーメント)が生じる。このため、頭と背骨をつなぐ筋によって頭部を後方に引っ張り(赤矢印)、頭が前方に倒れないようにする必要がある(b)。

この姿勢を安定に保持するためには、これとバランスする筋力を発生させる必要が出てきます。これは基本的にはシーソーと同じです。シーソーの右側にだけ重りを乗せると、シーソーは時計回りに回転します(図4a)。シーソーをバランスさせるには、左側の支点から同じ距離だけ離れた場所に重りを乗せる必要があります(図4b)。つまり頭部が前傾することで重心が前に移動するとき、左に乗せた重りの分だけの筋力が必要となるわけです。ここで重要なのは重り、つまり力が作用する位置です。支点からの距離が同じであれば、同じ質量の重りを乗せれば釣り合いが取れますが、右の重りを二倍離れた距離に乗せた場合、この原理で左側には2つの重りを乗せないと釣り合いません(図4c)。頭部を前傾させると重心は前に移動しますが、首の後方の筋と首の回転中心(支点)の間の位置関係は基本的には変化しません。首の前傾に伴いより大きな筋力が必要となるのはこのためなのです。

図4
シーソーの原理。シーソーの右側にだけ重りを乗せると、シーソーは時計回りに回転する(a)。シーソーをバランスさせるには、左側の支点から同じ距離だけ離れた場所に重りを乗せる必要がある(b)。右の重りを二倍離れた距離に乗せた場合、左側には2つの重りを乗せないと釣り合わない(c)。

「頭を傾けると首の筋は大きな力を発揮する」

実際にこの筋力がどれくらいか見積もってみましょう。
頭部の質量はもちろん人によって差はありますが、おおよそ体重の約8%と言われています。つまり体重60kgだと頭部の重さは5kg。そして首が前傾するときには、首の後ろの筋の引っ張り力によってこの姿勢を保持する必要がありますが、たとえば首が30度前傾した時にこの姿勢を保持するには、なんと12.5kg相当の力が必要となります。(図5)首の後方の筋は実は結構大きな力を発揮して頭部を支えていること気づかされますね。この筋力の大きさは基本的には首の角度によって変化しますが、首の前屈角度が60度になった場合は、約20kg相当の力になるなど、首の前傾角度が大きくなるほど大きくなります。したがって、例えばノートパソコンでの仕事のように首を前傾させる作業姿勢を長年続けていると、首や肩の痛みなど慢性的な筋骨格系疾患を発症するリスクを高めることになるわけです。

図5
頭を前傾した時に必要な首の筋力。頭部の重心位置と首の関節点の間の距離(正確には、首の関節点から重力の作用線への垂線の長さ)は、首関節点と重心位置までの距離が20cm、首の前屈角度を30度とすると、10cm(=20×sin(30))となり、この両者を掛け合わせた値が、重力作用により頭部を前方に回転させようとする力(モーメント)となる。これを首の後方の筋の引張り力によって保持するには、筋により首を後方に回転させようとする力を発揮し、重力により作用する時計回りのモーメントと、筋力により逆向き(反時計まわり)に作用するモーメントを釣り合わせる必要がある。首の回転軸まわりのモーメントの釣り合い式は、首の後方の筋が発揮する筋力をM、首の関節点から筋力の作用線への垂線の長さを解剖学的に4cmと見積もると、『M×4=5×10』となり、Mについて解くと12.5kg相当となる。

一方で図6を見ると、頭部の前傾を心持ち小さくすることによって、筋への負担・疲労をかなり低減することが可能であることもわかります。例えば首の前傾角度を15度にすれば、筋力つまり負担は30度の時の約半分となります。首をなるべく前傾させないようにディスプレイの高さを変更するなど、ちょっとした日常の行動を変えることが、負担を減らす上で重要かつ効果的であることがわかると思います。

図6
頭部の前傾角度とその姿勢を維持するのに必要な首の筋力の関係。

「重力の影響は当然首以外にも...腰にかかる負担はどれほど?」

同様のことは、腰部にかかる負担についても当てはまります(図7)。
体幹を前屈させた姿勢を安定化させるためには、重力が作用するため前方に回転しようとする体幹を、脊柱起立筋という腰部の後ろにある筋で支える必要があります。
体幹は頭部よりも大きくて重く、重心が腰部関節点からより遠いところに位置しているため、脊柱起立筋が発揮しなくてはならない筋力は非常に大きくなります(体重60kgの人が30度前屈したとき約80kg相当の力)。またこの筋力が極めて大きいため、椎間板(1つ1つの背骨の間にありクッションのような働きをする軟骨組織)に作用する圧縮力も非常に大きくなります。
したがって、作業台が低いなどの理由で前傾姿勢を長時間続けていると、首にかかる負担で説明したのと同じように、腰痛など慢性的な筋骨格系疾患を発症するリスクを高めことにつながるのです。

このことからも、基本的には正しい姿勢、すなわち体幹をなるべく前傾させず、身体を垂直位に保つことが身体への負担を低減する上で重要であることがわかると思います。

図7
ヒトの静止立位(a)と体幹を前屈させた姿勢(b)。前傾すると体幹に作用する重力が股関節点から離れたところを通り、体幹を時計回りに回転させる力(力のモーメント)が生じる。このため脊柱起立筋によって体幹を後方に引っ張り、体幹が前方に倒れないようにする必要がある(赤矢印)。前屈していなければ、体幹の重心は股関節の真上に位置するため、体幹を回転させる力は生じない。その結果、あまり筋力を使わないで姿勢を維持することができる。

「重力のない宇宙空間では、ヒトの姿勢はどうなるか?」

いままで見てきたように、重力が作用している地球上においては、私たちの身体は基本的には垂直に保つほうが負担を減らすことができる構造になっています。では重力が働かない宇宙空間においては、ヒトはどのような姿勢をとると負担の少ない楽な姿勢になるのでしょうか?

「ヒトが宇宙環境に滞在し、無重力環境で作業を行うにはどのような姿勢が適切なのか?」このことを人間工学的に解明するために、実はこうした研究が40年以上前に行われています。具体的には、宇宙ステーションにおいて搭乗員が空中に浮かび脱力したときの姿勢を観察する、という実験です。実際に計測すると、図8aのような頭部を少し前傾、股関節と膝関節を少し屈曲、肘関節を曲げ、わきを少し開いた中立姿勢と呼ばれる姿勢をとることが報告されています(水中で脱力した姿勢を想像してみてください)。このとき背骨の頚椎と腰椎の前弯が小さくなることが知られています。現在ではこの中立姿勢を運転中の疲労を低減させる自動車シートの設計などに応用する試みも進んでいます。
しかし、無重力状態で楽な姿勢が必ずしも地球上で楽であるわけではありません。中立姿勢は若干猫背のような姿勢ということになりますが、例えば図8bのようにこの姿勢で立位を保とうとすれば、先に説明したように頸部・腰部に大きな負担がかかってしまうことになります。
中立姿勢はあくまでも重力場に適応して進化したヒトの身体が、宇宙空間において脱力したときにとる負担のない姿勢であり、当然のことながら重力環境下においてこの姿勢が必ずしも力学的に合理的であるわけではありません。

図8
ヒトが無重力状態で脱力した姿勢(中立姿勢、a)と地球上でその姿勢で立ったときの様子(b)。

「私たちのカラダには常に重力が作用している!」

今回は、「重力環境への適応」という観点から、ヒト、つまり私たち自身の「身体の構造とその姿勢維持のための力学負担」についてお話ししました。
普段の生活において、私たちが自分自身に作用する重力を意識することは日常あまりないように思いますが、今回お伝えした情報が「私たちの身体には常に重力が作用し、それが身体負担の要因となっている」こと、そして、「私たちの身体は、重力との調和の中で進化し、それに適応するように形づくられてきた」ことを意識するきっかけとなればと思います。

参考文献
Aiello L, Dean C. An Introduction to Human Evolutionary Anatomy. London: Academic Press; 1990.
Chaffin DB, Andersson GBJ, Martin BJ. Occupational Biomechanics. 4th ed. Hoboken: John Wiley & Sons, Inc.; 2006.
Winter DA. Biomechanics and Motor Control of Human Movement. 3rd ed. Hoboken: John Wiley & Sons, Inc.; 2005.
George C. Marshall Space Flight Center. Man/System Requirements for Weightless Environments. NASA MSFC-STD-512A; 1976.

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