2025.07.31 最終更新日: 2025.10.07

熱中症は従業員の生命に関わる危険があるだけでなく、対応を誤れば労働災害として扱われる場合があります。その際、企業全体の管理責任だけでなく、現場責任者自身も安全配慮義務を果たしていないとして、責任を問われる可能性があります。
しかし、実際に部下の異変に気づいたときにどう判断し、誰に相談し、どこまで応急処置すべきか迷う方も多いでしょう。
本記事では、職場責任者が取るべき熱中症対策のフローから、回復しない場合の搬送判断、部下に対する予防指導のコツまでを解説します。
初期症状の見極め方や教育・マニュアル整備のポイントも紹介していますので、「いざというとき動ける自信がない…」という方は、ぜひ最後までご覧ください。
現場責任者が熱中症対応の中心になる理由は次の3つです。
● 労働災害としての熱中症は「安全配慮義務違反」に直結する
● 法改正により熱中症のリスク管理が義務付けられた
● 熱中症対応は自分のリスクを減らすマネジメント行為でもある
熱中症対策において、WBGT値(湿球黒球温度)が33℃以上になると「熱中症警戒アラート」が発表されます。こうした予見可能な状況で適切な熱中症対策を講じなかった場合、会社側が安全配慮義務違反に問われるリスクがあります。
実際に、造園業の従業員が熱中症で死亡した事例において、上司が体調不良の訴えを聞いたにもかかわらず適切な対応をしなかったとして、企業の安全配慮義務違反が認められました(2016年 大阪高等裁判所)。
このような事例は、現場責任者の判断ミスや対応の遅れが直接的に法的責任に結びつくことを示しています。
2025年6月の法改正により、熱中症対策はすでに「やっておくべきこと」から「やらなければいけない義務」へ変わりました。
事業者には以下の2点が明確に義務付けられています。
● 熱中症の症状がある、兆候が見られる人を、速やかに報告できる体制を作る
● 作業中断・冷却・医療対応といった初期対応の手順を明文化し、関係者全員に周知する
義務の主体は企業ですが、実際に誰が対応するのかといえば現場責任者です。現場で発見された異変を受け、報告を受理し、対応を指示し、緊急時には搬送を判断する。こうした一連の流れを回すには、現場に最も近い現場責任者が中心になるしかありません。
現場責任者にとって、熱中症対応は部下の健康を守るだけでなく、自身のリスクを回避する重要なマネジメント行為でもあります。
熱中症対応を誤った場合、以下のような深刻な代償が発生する可能性があるからです。
● 訴訟リスク
● 社内処分
● 信頼低下
「本人が大丈夫と言ったから休ませなかった」などは対応しない正当な理由として認められません。
一方で、事前に対応マニュアルを整備し、初期対応の流れをチームで共有していれば、いざというとき冷静に動けます。
「早く」「正しく」対応する体制を作っておくことは、部下の命を守り、あなた自身の責任も守ることにつながります。
熱中症の疑いがある部下を発見した際は、迷わず初動対応することが重要です。以下のフローチャートに沿って、現場での応急手当の手順を確認してください。
1. 異変を察知したらまず作業を中断させる
2. 意識・動作・訴えを確認し熱中症の可能性を判断
3. 応急処置は冷却・補水・姿勢を3点セットで行う
4. 回復しない・意識が朦朧としている場合はすぐ搬送を判断
5. 迷ったら産業医・保健担当と連携して判断を仰ぐ
熱中症の初期対応で最も重要なのは、少しでも異変を感じたら即座に作業を中断させることです。「まだ大丈夫」「少し休めば回復する」という判断は、重症化を招く危険性があります。
厚生労働省の資料では、2020年から2023年の熱中症による死亡・重症化事例の分析において、「発見の遅れ(重篤化した状態で発見)」が78件、「異常時の対応の不備(医療機関に搬送しない等)」が41件と報告されており、初期症状の放置や対応の遅れが大きな問題となっています。
参考:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」
作業を中断させる際は、以下の点に注意してください。
●「安全のため」であることを本人に説明する
● 他の作業者にも状況を伝え、応援体制を整える
● 作業現場から離れ、涼しい場所に移動させる
部下の作業を中断させた後は、熱中症の可能性を迅速に見極める必要があります。厚生労働省のガイドラインでは、以下の3つの観点から判断することが推奨されています。
● 意識の変化:返事が遅い、ぼーっとしている、受け答えが曖昧
● 動作の異常:ふらつき、動きが鈍い、真っすぐ歩けない
● 本人の訴え:頭痛、吐き気、めまい、強い倦怠感、喉の渇きなど
上記の症状のうち、ひとつでも当てはまれば熱中症の疑いが濃厚です。「意識の有無」だけで判断するのではなく、普段と比較して少しでも異常を感じた場合は、熱中症の可能性を考慮して適切な手当をすることが重要です。
参考:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」
熱中症が疑われる場合は、応急処置として冷却・補水・姿勢の3点セットを同時に行うのが基本です。応急処置を間違い、いずれか1つでも欠けるとかえって症状を悪化させる恐れがあります。
下記の表を参考に、迅速な処置を実施してください。
| 処置項目 | 内容 |
|---|---|
| 冷却 |
・わきの下、首筋、足の付け根を保冷剤や冷たいタオルで冷やす ・霧吹き+うちわで風を当てる |
| 補水 |
・スポーツドリンクや経口補水液を飲ませる ・吐き気がある場合は無理に飲ませない |
| 姿勢 |
・仰向けに寝かせ、足をやや高くする ・嘔吐や吐き気が強いときは横向きにして安静に |
応急処置をしても以下の状況が見られる場合は、迷わず救急車を呼び、医療機関への搬送を判断してください。
● 呼びかけに応答がない
● 意識が朦朧としている
● けいれんが起こっている
● 体温が40℃以上ある
● 嘔吐が止まらない
● 水分補給ができない
厚生労働省の指針では、「救急車を待っている間にも、現場で応急処置をすることで症状の悪化を防ぐことができる」とされています。搬送を待つ間も、継続的な冷却処置を行い、一人にしないよう注意が必要です。
参考:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」
熱中症かどうか確信が持てない場合や、応急処置の判断に迷った場合は、産業医や保健担当者に相談することが大切です。
産業医は担当する職場の状況を知っており、医学的知識も兼ね備えているため、熱中症対応を指導できます。
また、電話番号♯7119(救急安全相談窓口)を活用することで、専門機関からの指示を受けることも可能です。
自己判断で放置すると命取りになりかねません。少しでも迷ったら、専門家の判断を仰ぐことが最善の対応です。
熱中症の症状は日常的な体調不良と見分けがつきにくいため、「めまい」「足がつる」なども軽視してはいけません。
暑い場所での作業中に以下のような症状が見られたら、熱中症を疑ってください。以下は症状の重さごとにまとめた一覧です。
| 分類 | 具体的な症状 |
|---|---|
| 初期症状 |
・めまい、立ちくらみ ・筋肉のけいれん ・大量の発汗 ・のどの渇き ・足がつる |
| 中等症 |
・頭痛、吐き気 ・体のだるさ ・呼吸、脈拍の増加 |
| 重症 |
・意識障害 ・体温40℃以上 ・水分補給ができない ・まっすぐ歩けない |
初期症状で特に注意すべき点は、上記の症状が「熱中症とは関係ない」と見過ごされやすいことです。例えば、足がつることは日常的にも起こりうる症状ですが、暑い環境下で発生した場合は熱中症の初期症状として捉える必要があります。
熱中症は「本人が気をつければ防げるもの」ではありません。また、常に現場が同じ状況ではないこと、さらには部下の考え方や理解度が異なることなどを改めて理解しておく必要があります。
ここでは、誰にでも伝えられる熱中症対策の教育方法として「チェックリストの活用」と「対応マニュアルの共有」に絞って解説します。
厚生労働省が公開している「職場における熱中症予防対策自主点検表」は、以下3つの観点から現場のリスクを可視化できます。
● 作業環境管理:WBGT値(暑さ指数)の測定、冷房・休憩場所の確保
● 作業管理:早朝作業の導入、水分補給ルール、服装の調整
● 健康管理:体調確認、持病の把握、服薬者への配慮
たとえば「WBGT値が28℃を超えたら1時間に1回15分休憩」といった具体的なルールを決めることで、誰でも行動しやすくなります。
従業員向けの教育では、熱中症対策チェックリストを配布して一緒に読み合わせをするだけでも効果があります。
具体的な使用例やテンプレートを知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
「熱中症対策チェックリストとWBGT値早見表|点検表で職場の労災リスクを低減」の記事へ
熱中症が発生したとき、誰が何をするかを決めていないと現場は混乱します。マニュアルを作る目的は「パニックを防ぐこと」です。2025年の法改正により、企業には対応マニュアルの整備と周知が義務づけられました。
現場に必要な内容は以下のとおりです。
● 対応手順:異変を感じたら作業中断→冷却→報告→搬送の流れ
● 連絡体制:誰に連絡し、何を伝えるかを一覧化
● 役割分担:現場責任者、応急処置担当、連絡係の明確化
ただし、マニュアルを配るだけでは意味がありません。朝礼で繰り返し読み上げたり、実際に搬送の動作確認をしたりといった「訓練」とセットで運用しましょう。
また、外国人の従業員がいる現場では、日本語だけでなく母国語版の用意も忘れずに用意しましょう。
現場に合った実用的なマニュアルを作りたい方は、以下の記事もぜひご参照ください。
「【企業向け】熱中症対応マニュアル|緊急時の手順・応急処置・労災対応まで徹底解説」の記事へ
熱中症の早期発見で最も効果的なのは、部下自身の申告です。ただし、現場に「弱音を吐くな」という空気があると、体調不良を伝えづらくなります。だからこそ、現場責任者が率先して「言いやすい雰囲気」を作ることが大切です。
「具合が悪いときはすぐ言って」と日頃から伝えることや、「よく言ってくれた」と感謝を示す姿勢が心理的なハードルを下げます。
また、以下のような取り組みを合わせると、より相談しやすい環境が整います。
● 朝の体調確認や作業中の声かけを欠かさない
● 1on1面談や匿名相談窓口を導入する
● チームでお互い声をかけ合う文化を共有する
体調不良をすぐに言える雰囲気は、結果として命を守る力になります。「暑さに我慢は禁物」と現場全体で共有することから始めましょう。
熱中症は労働災害にも直結するため、部下への対応を間違えると企業側は安全配慮義務違反に問われかねません。現場ではまず作業を中断させ、冷却・補水・姿勢の3点セットを迅速に実行することが重要です。
また、異変に気づいた際にすぐ相談できる環境づくりや、対応マニュアル・チェックリストの整備も欠かせません。
日頃の備えが、部下の命とあなた自身を守ります。明日から実践できる対策を、ぜひ現場で活かしてください。
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※1:㈱日本能率協会総合研究所調べ。2021~2024年度メーカー出荷額ベース
※2:㈱日本能率協会総合研究所調べ。2020〜2024年度メーカー出荷枚数ベース