2025.07.31 最終更新日: 2025.10.07

2025年6月1日、労働安全衛生規則の改正により、すべての事業者に対して熱中症対策の実施が法的に義務付けられました。そこで注目されているのが「熱中症リスクアセスメント」です。
本記事では、熱中症リスクアセスメントの基礎知識から評価方法やリスクレベルの見積もり方、企業での実践事例、さらに社内で定着させる運用体制の構築方法まで網羅的に解説します。
熱中症リスクアセスメントとは、職場や作業環境に潜む熱中症リスクを事前に可視化・評価し、未然に防ぐための分析手法です。
具体的には以下のとおりです。
1.職場に存在する熱中症の危険要因を特定
2.リスクの大きさを見積もって評価
3.受容できないリスクは具体的な低減策を検討・実施
「暑いから危険」という感覚的な判断ではなく、WBGT値(暑さ指数)や作業強度、着用している衣服などの要因を数値化して総合的にリスクを評価する点が、リスクアセスメントの特徴です。
従業員の命を守ると同時に、法令遵守と企業責任を果たすために、熱中症リスクアセスメントは今や必須の取り組みです。
熱中症リスクの評価を効率よく行うために活用されているのが「リスクアセスメントシート」です。作業環境の暑さ、作業強度、服装や装備による負担など、各項目を客観的に整理・記録することで、リスクの見える化が可能になります。
以下では、熱中症リスクアセスメントシートに記入すべき3つの評価ステップを順に解説していきます。
熱中症リスク評価の第一歩は、作業現場の暑熱環境を正確に把握することです。
WBGT(暑さ指数)を使って現場の暑熱リスクを分類し、EL(Environmental Level=暑熱環境のリスク)を決定します。
WBGTは、気温だけでなく湿度・風・輻射熱も反映した指標で、以下のように算出されます。
● 屋外(日差しあり):WBGT = 0.7×自然湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度
● 屋内(日差しなし):WBGT = 0.7×自然湿球温度+0.3×黒球温度
現場でのWBGT測定には「JIS Z 8504」または「JIS B 7922」に適合したWBGT測定器の設置が推奨されており、義務化の対象となる作業では作業場所ごとに常時測定する必要があります。
次に、作業者の身体にかかる負荷の見積もりをします。熱中症の発生につながる重要なリスクを評価するプロセスであり、主にML(Metabolic Load=作業強度のリスク)とIL(Insulation Level=衣服・装備のリスク)の2つの要素で構成されます。
厚生労働省が定める基準は以下のとおりです。
出典:環境省「資料5-3 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課提出資料」
IL(衣服・装備のリスク)の評価では、着用している作業服や保護具が体温調節に与える影響を数値化します。例えば、通常の作業服(長袖シャツとズボン)を基準値0として、以下のような補正値を加算します。
出典:環境省「資料5-3 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課提出資料」
透湿性・通気性の良い作業服の着用は熱中症リスクの軽減に効果的で、特に吸汗速乾機能や接触冷感機能を持つ素材の活用が推奨されています。
最後に、EL・ML・ILの各要素を総合してRL(Risk Level=総合リスク)を算定し、必要な対策を決定します。
RLは、リスクマトリックス手法を用いて以下のように総合評価をします。
● Ⅰ(些細なリスク): 通常の安全管理で対応可能
● Ⅱ(軽度のリスク): 定期的な水分補給、休憩時間の確保
● Ⅲ(中程度のリスク): 作業時間の短縮、頻繁な休憩
● Ⅳ(大きなリスク): 作業の一時中断、環境改善
● Ⅴ(非常に大きなリスク): 作業中止、抜本的対策の実施
各リスクレベルに応じて、作業環境管理(冷房設備、遮熱対策)、作業管理(時間短縮、休憩増加)、健康管理(体調確認、医学的配慮)、労働衛生教育の4つの観点から具体的な対策を策定します。
重要なのは、リスクをゼロにすることが困難な場合でも、残留リスクを適切に管理し、継続的な改善を図ることです。
厚生労働省が公開している「リスクアセスメント導入のための資料集」には、炎天下での清掃作業事例が記されています。
リスクの見積もりでは、作業の強度は「高代謝」に分類され、WBGTの影響が大きい状況と判断されました。
評価内容を整理すると以下のとおりです。
● 作業内容:屋外での清掃作業
● 環境レベル:高温・日射あり
● 作業強度:高代謝(動きの多い作業)
● リスク評価:リスク高
想定されるリスクに対して、以下のような低減措置が提案されています。
● 水分補給の徹底
● 作業時間を夕方の涼しい時間に変更
● 適切な休憩時間の確保
このように、リスクアセスメントは単なる形式ではなく、現場の安全性を高める具体的な行動に直結します。作業内容や環境に応じて、適切な対策を都度見直すことが大切です。
参考:厚生労働省「第3章 リスクアセスメント導入のための資料集 」
熱中症対策が不適切だった場合、企業は法的・社会的に重大な責任を問われる可能性があります。考え得る主なリスクは以下のとおりです。
● 損害賠償責任を負う
● 安全配慮義務違反が問われる
● 行政指導の対象になる
業務中に従業員が熱中症を発症し、労災として認定された場合、企業は労災保険給付を超える損害について民事上の損害賠償責任を負う可能性があります。
具体的な賠償内容としては以下のとおりです。
● 療養費・休業補償(労災保険でカバーされない治療費や休業期間の逸失利益)
● 身体的・精神的苦痛に対する慰謝料
● 将来の逸失利益(後遺障害がある場合)
● 遺族に対する損害賠償(死亡事故の場合)
重要なのは、2025年の法改正により暑さ指数(WBGT)28℃以上または気温31℃以上の環境下での作業において、事業者には具体的な対策義務が課せられたことです。義務を怠った場合、企業の過失がより認定されやすくなり、損害賠償責任のリスクが高まります。
熱中症が労災認定される基準については、以下の記事で詳しく解説しています。
「熱中症による労災リスクと企業の責任|法的対策ガイド」の記事へ
労働契約法第5条に基づく安全配慮義務違反として、企業の責任が問われる可能性があります。安全配慮義務違反が認定される際の判断基準は以下の3点です。
● 危険な事態や被害の可能性を事前に予見できたかどうか
● 予見できた損害を回避するための適切な措置を取ったかどうか
● 企業の安全配慮義務の不備により労働者が被害を受けたといえるかどうか
現場の管理職や衛生管理者も、個人として労働契約法上の安全配慮義務を負う可能性があり、組織全体での責任体制構築が急務となっています。
特に注目すべきは、熱中症対策のような予防可能な労働災害については、企業の予見可能性・結果回避性がより厳しく判断される傾向があることです。
企業が熱中症対策を怠り事故が発生した場合、労働基準監督署から行政指導を受ける可能性があります。行政指導とは以下のような措置です。
● 労働基準監督署による立入調査の実施
● 是正勧告や指導票の交付
● 改善報告書の定期提出
行政指導を受けると、取引先との信頼低下や契約解除など、法的処罰以外にも社会的な信用失墜のリスクが発生する可能性があります。
また「労災隠し」をした場合、50万円以下の罰金刑に処せられます。企業価値を守るためにも、行政指導を受けないよう万全の対策を整えておきましょう。
熱中症リスクアセスメントを実施しただけで終わらせず社内に定着させるためには、継続的な運用体制が必要です。実施主体を明確にし、適切な頻度で見直しを行い、社員への教育を徹底しましょう。
具体的な運用体制のポイントは以下のとおりです。
● 実施主体:統括管理は経営層、日常管理は安全衛生管理者、現場での実施はチームリーダーが担当
● 実施頻度:WBGT値の常時記録、日次の体調確認、週1回の環境確認、毎月の対策効果評価、年1回の総合的な見直し
● 教育体制:新入社員から管理職まで階層別に熱中症予防研修を実施
最後に、外部専門機関との連携も検討すべき要素です。産業医、労働衛生コンサルタント、地域の保健所などとの連携により、専門的な知見を活用したリスクアセスメント体制を構築できます。
法的義務化を踏まえ、企業は具体的で実効性のある熱中症対策を実施する必要があります。ここでは、特に重要な3つの対策について解説します。
● WBGTの常時測定、作業時間の調整
● 日々の体調確認、記録
● 水分や塩分の補給ルール、休憩所の整備
WBGT(暑さ指数)の常時測定は、労働現場における熱中症対策の根幹です。WBGTが28℃以上、または気温が31℃を超える状況では、一定時間以上の作業に対して対策の実施が義務付けられており、企業には熱中症による労災リスクを未然に防ぐ責任があります。
なお、WBGT計の設置が難しい場合は、気象庁などが提供するWBGTの予測値や実測データを活用し、現場の実情に合わせたリスク把握を行うことが推奨されています。
作業時間と休憩時間の調整に関する目安は、以下のとおりです。
| WBGT値 | 作業強度 | 推奨される措置例 |
|---|---|---|
| 31℃以上 | すべての作業 | 原則として作業中止 |
| 28~31℃ | 中強度作業 | 作業45分・休憩15分の比率 |
| 25~28℃ | 激しい作業 | 30分ごとの休憩、水分・塩分補給 |
朝礼や作業開始前に行う体調確認と記録の積み重ねは、熱中症の早期発見と予防につながります。わずかな時間でも、従業員一人ひとりの状態を確認し、記録に残すことは、万が一の労災発生時に備える上でも重要な取組みといえるでしょう。
確認すべき主な項目は以下のとおりです。
● 睡眠の質や時間
● 頭痛・倦怠感・吐き気などの自覚症状
● 水分・塩分の補給状況
● 前日の飲酒有無(二日酔いは脱水を招く恐れあり)
また、作業中も体調の変化を見逃さないよう確認を継続することが求められます。たとえば、バディ制度(作業者同士で相互に体調を見合う方法)や、体温・心拍数などを測定できるウェアラブルデバイスの導入は、体調変化への備えとして有効に機能する可能性があります。
熱中症の予防において重要な行動は、「水分・塩分の補給」と「適切な休憩環境の確保」です。徹底されていないと、熱中症による労災のリスクが高まり、現場全体の安全にも影響が及びかねません。
水分・塩分補給のタイミングは作業前・作業中・作業後に分ける、休憩所にはエアコンや扇風機を設置することなどが求められます。
さらに、対策の実施状況を定期的に確認できる「チェックリスト」の導入も、熱中症予防の一環として有効です。
チェック内容をまとめた専用リストは、以下の記事で詳しく解説しています。
「熱中症対策チェックリストとWBGT値早見表|点検表で職場の労災リスクを低減」の記事へ
熱中症リスクアセスメントとは、職場の暑熱環境・作業強度・服装などを数値で可視化し、総合的にリスクを評価・見積もる仕組みです。単なる感覚ではなく、データに基づいて危険度を明確にし、対策へつなげられる点が大きな特徴といえます。
評価の基本は、環境(EL)・作業強度(ML)・服装(IL)の分析→総合リスク(RL)の算定→リスク低減策の実施という流れです。ここまで体系化することで、企業は労災を未然に防ぎ、安全配慮義務を果たせます。
つまり、熱中症リスクアセスメントは「チェックリスト的な形式」ではなく、従業員の命と企業の信頼を守る実践的な手法です。社内体制に根づかせることで、持続的な安全管理と法令遵守の両立が可能になるでしょう。
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